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大阪地方裁判所 平成元年(ヨ)2912号 決定

申請人

守屋圭三

被申請人

関西中央ソニー販売株式会社

右代表者代表取締役

竹内常彦

右代理人弁護士

藤原光一

正木隆造

守口建治

主文

一  申請人の本件仮処分申請を却下する。

二  申請費用は申請人の負担とする。

理由

第一当事者の求めた裁判

一  申請人

1  本裁判の判決までの間、被申請人は申請人の平成元年九月二一日以前の営業社員としての地位を保全せよ。

2  本申請費用は被申請人の負担とする。

二  被申請人

主文と同旨

第二当裁判所の判断

一  申請の理由の要旨

1  被申請人会社は、ソニー株式会社の製造する商品を小売店に対し卸売販売することを業とする株式会社であり、申請人は、右会社の中央営業所において営業社員として勤務する従業員であるが、被申請人会社は、平成元年九月一九日の営業会議において、申請人に対し、同月二一日付で申請人を従来のルートセールスからはずすことなどを内容とする業務の変更を通告した。

2  しかしながら、右業務変更命令は以下の理由により無効である。即ち、申請人は、昭和四七年三月ころ、被申請人会社の前身である大阪中央ソニー販売株式会社(以下、「申請外会社」という。)が新聞に掲載した「営業社員・ソニー特約店担当」の募集広告に応募して入社したのであるところ、右広告の内容は「特約店担当のルートセールス」という趣旨に解すべきであるから、申請人と被申請人との労働契約では申請人をルートセールスの担当の営業社員として雇用したものと解すべきところ、本件業務変更命令は申請人の同意を得ないでなされた労働条件の一方的な変更であって無効である。

3  さらに、右命令は、申請人が右申請外会社に勤務していた昭和六一年二月二一日、同会社内で労働組合を結成しようとしたことを理由とする不利益取扱であり不当労働行為として無効である。また、同年四月九日申請人が労働基準監督署に申告したことに対する報復としての不利益取扱であるから無効である。

4  しかるに、申請人は、右命令を拒否すれば被申請人会社から懲戒免職される可能性があるから、現在、やむなく右命令に従っているが、本案判決までの間このまま無効な命令に基づく業務内容を強要されるならば、被申請人会社の右命令は実質的にその目的を達成することになり、申請人としても、人間関係と仕事の連続性の上に成り立つルートセールスへの復帰が事実上不可能となって、回復しがたい損害を受けることになる。

二  そこで検討するに、当事者間に争いのない事実、疎明資料、審尋の結果及び手続の全趣旨を総合すると、以下の事実を一応認めることができ、これを覆すに足りる疎明資料はない。

1  被申請人会社はソニー株式会社の製造する商品を小売店に対し卸売販売することを業とする株式会社であり、申請人は、申請外会社が昭和四六年七月二八日付朝日新聞に掲載した「営業社員・ソニー特約店担当」という募集広告に応募し、昭和四七年三月申請外会社に雇用され、同社浪速営業所に配属となり、昭和六一年一〇月、被申請人会社が新しく設立されたことに伴い、同月二一日被申請人会社に移籍し、以来、同社中央営業所営業三課に所属するセールス担当社員として大阪市内及び東部の一般電器店のうち売上高の比較的少ない小売店二七店を担当し、小売店を直接訪問して販売したり情報提供するいわゆるルートセールスに従事していた。

2  平成元年三月右中央営業所長に就任した申請外式部勝は、最近の家電店舗の減少、量販店の増大、デイスカウンターの台頭等新しい時代の変化に対応できる営業所体制を整えるべく、従来の営業所体制を再検討した結果、ルートセールス等卸機能中心の従来の営業所体制では時代の変化に対応しきれないと判断して、今後は情報を十分活用して小売店を指導、サポートできるような真のコンサルテイングセールス中心の体制が必要であるとして、同年九月二一日付で右営業所の組織及び社員の担当業務の内容を変更した。

3  被申請人会社中央営業所の新しい体制では、従前通り営業課を三課制としながらも、従来比較的売上高の少ない小売店の売上が伸びなかったのは、それら小売店に対する被申請人会社の商品情報、販売情報、販売拡販情報等が十分に伝達されていなかったことにあるとの反省に立ち、営業二課にセールス専任者に加え、末端の小売店にまで前記情報を正確に伝達するための郵便発送業務や特約店への商品直送手配、販売促進のためのツール(チラシとかダイレクトメール)作成、担当店からの相談やクレームの処理等を担当する地域開発担当を新たに設置し、情報の拡充による販売拡大を計ることとなった。

4  被申請人会社は、右営業二課の地域開発担当者の人選を行った結果、申請人が、右営業所での勤務年数も長く営業に通じ小売店の現状等についても詳しいことや、地域開発担当者の前記職務遂行に要求される文章作成能力に長けていること等の諸点を総合考慮して、申請人を適任と認め、申請人に対し、同月二一日付で右担当を命じた。

5  その結果、申請人の担当店は約一四〇店に増え、内二〇ないし三〇店舗については従前通りルートセールスの形態を残しているが、新たな営業所体制の下ではルートセールスの重要性が相対的に低下したことから申請人の全担当業務に占めるルートセールスの比重は低くなり、その分残りの店舗に対する販売情報等の発送、伝達業務や販売促進のためのツール作成等前記の各業務が増加することとなったものである。

しかしながら、右業務内容の変更によっても申請人は給与その他の点で不利益を受けることはなく、従前通りセールス手当も支給されるし、時間外手当の点も同様である。

三  以上の事実にもとづいて、以下申請人の主張を検討する。

1  先ず労働契約違反の主張についてみるに、申請人は、「営業社員・ソニー特約店担当」という新聞広告に応募したのであるから申請人の業務はルートセールスに限定されるというのであるが、募集広告は契約申込の誘引にすぎず、その内容がそのまま労働契約の内容となるものではない。そして、本件労働契約においてとくに申請人の業務をルートセールスに限定するとの合意が成立していたことを認めるに足る疎明もないから、申請人の右主張は採用できない。申請人は営業業務一般を担当すべき営業社員として雇用されたと解すべきである。

そこで、本件で問題となっている申請人の業務変更の内容をみるに、それは前記認定の通りであって、要するに、従来のルートセールス中心の業務から、ルートセールスの比重が少なくなった反面販売情報、商品カタログ等の発送や販売促進のためのツール作成等の業務が増えたというものであって、確かに業務の形態が変更したことは否定できないけれども、いずれも一般的に営業業務と考えられているものであることに変わりはなく(申請人の所属部署も同じ中央営業所内で旧営業三課から営業二課に変わっただけで営業課であることに変わりはない。)、申請人が主張するような配転命令で問題とされるところの職種の変更とは言えない。のみならず、右業務変更は、時代の変化に対応しうる営業所体制をつくり販売拡充を計るという被申請人会社の合理的な業務上の必要性にもとづくもので、人選も申請人の職歴や能力を考慮した合理的なものと認められるから、本件業務変更命令を労働契約違反ということはできない。申請人の前記主張は理由がない。

2  次に、本件業務変更命令が不当労働行為であり、また、労働基準監督署への申告に対する報復としての不利益取扱であるとする点について検討するに、確かに、疎明資料によれば、申請人が昭和六一年二月ころ労働組合の結成を呼びかける様な行動をとったことや同年四月ころ労働基準監督署に申告した事実が一応認められるけれども、本件業務変更命令は、右に見た通り被申請人会社の業務上の必要性にもとづく合理的なものであり、他に被申請人会社が申請人の右各行為を嫌悪したり、それに対する報復的意図を持ってなしたとする疎明はない。また、申請人は本件業務変更命令によって何ら経済的不利益を受けるものではないこと、また、申請人が言うところの精神的不利益というのも結局右命令に対する主観的な不満を述べるにとどまるものと言うべきであることから、本件業務変更命令をもって不利益取扱と認めることはできない。申請人の主張は、いずれも理由がない。

3  以上のとおりであるから、本件業務変更命令が無効であるとする申請人の主張はすべて理由がなく、本件仮処分申請は被保全権利の疎明がないといわなければならない。

四  よって、申請人の本件仮処分申請は、被保全権利の疎明がなく保証を立てさせてその疎明に変えることも相当でないと判断するので、これを却下することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。

(裁判官 大西嘉彦)

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